訳すのは「私」ブログ

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アンソロジーのなかのナボコフ②Радуга: русские поэты для детей, Берлин: Слово, 1922.

二冊目はやはり1922年にベルリンで刊行されたРадуга: русские поэты для детей(『虹――こどものためのロシア詩人』)です。

Детская библиотека "Слова"(スローヴォ社こども叢書)という文字が見えます。

編者はナボコフの友人でもあったサーシャ・チョルヌィ(アレクサンドル・グリークベルグ)です。 

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 表紙と挿絵はK・L・ボグスラフスキイなる人物です。

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目次です。

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長いですが、全体が「子供時代」「いろいろないきもの」「入江」「自然の中で」「輝く羽」「ロシア」という六つのセクションに分けられています。

 

プーシキンやフェート、チュッチェフやレールモントフといった古典から、ブロークやブリューソフ、ソログープ、ゴロデツキイ、ブーニン、アフマートヴァのような名前も見えます。

 

ナボコフの詩は 「子供時代」に"Мне снится: карлик я"「私は寝ている――私はこびとだ」、「いろいろないきもの」に"Пингвин"「ペンギン」、「入江」に"Феина дочь"「妖精の娘」の三つが収録されています。

 

児童詩のジャンルとナボコフの関係がうかがえるアンソロジーではありますね。

 

以下のオークションサイトででていますが、25000から30000ルーブルですか。

Антикварные галереи - Кабинет. Аукционный дом.

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アンソロジーのなかのナボコフ①Антология сатиры и юмора, Берлин: Мысль, 1922.

さて、一冊目のアンソロジーです。

 

Антология сатиры и юмора, Берлин: Мысль, 1922.

 

[『風刺のユーモアのアンソロジー』、ベルリン、ムィスリ社、1922年]

 

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私の撮った写真は残念ながらピンボケなのですが、以下のオークションサイトに鮮明な写真のものが載っていました。

www.vitber.lv

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目次にシーリン[ナボコフペンネーム]の詩Беженцы(「逃亡者たち」)があるのが見えます。

 

Беженцы

 

     Я объездил, о Боже, твой мир,

     оглядел, облизал,- он, положим,

     горьковат... Помню пыльный Каир:

     там сапожки я чистил прохожим...

     Также помню и бойкий Бостон,

     где плясал на кабацких подмостках...

     Скучно, Господи! Вижу я сон,

     белый сон о каких-то березках...

     Ах, когда-нибудь райскую весть

     я примечу в газетке раскрытой,

     и рванусь и без шапки, как есть,

     возвращусь я в мой город забытый!

     Но, увы, приглянувшись к нему,

     не узнаю... и скорчусь от боли;

     даже вывесок я не пойму:

     по-болгарски написано, что ли...

     Поброжу по садам, площадям,-

     большеглазый, в поношенном фраке...

     "Извините, какой это храм?"

     И мне встречный ответит: "Исакий".

     И друзьям он расскажет потом:

     "Иностранец пристал, все дивился..."

     Буду новое чуять во всем

     и томиться, как вчуже томился...

 

             1921 

 

初出は『舵』1921年6月18日号らしいですが、アンソロジーのタイトルからして、ユーモア?詩なんですかね……

またその右ページにはアルトゥル・シュニッツラーの『輪舞』の広告が見えるのが興味深いです。

 

ほかの作品にはКурочкинの"Знатный приятель"や、

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Пальминの"Она"、

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Крыловの"Советъ мышей"が見えますね。

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 こんな感じでどんどん紹介していきたいと思います。

アンソロジーのなかのナボコフ⓪

次回から新シリーズ「アンソロジーのなかのナボコフ」を開始します。

 

文字通り、どんなアンソロジーのなかにナボコフが収録されてきたのかを見ていくものです。

 

基本はナボコフ存命中のものを中心に、と思っていますが、

おもしろいものがあれば縛られずに取り上げていきたいと思っています。

 

例によって不定期更新ですが、よろしくお願いいたします。

『アメリカのナボコフ――塗りかえられた自画像』書評まとめ

このエントリに『アメリカのナボコフ――塗りかえられた自画像』の書評をまとめておきます。

書評をくださったみなさま、どうもありがとうございました。

 

長澤唯史先生『陸奥新報』2018年6月16日、『中国新聞』2018年7月22日、『静岡新聞』2018年9月9日

「作風同様緻密な自己操作」

ナボコフは作品の質については決して妥協せず、芸術性と商品価値を両立させた稀有な作家であった。そして本書も、膨大な資料と最新の文学理論を駆使した最先端の学術研究であると同時に、平明な日本語と卓抜な構成で読者を倦ませぬ、すぐれた知的冒険の書だ。

shimirubon.jp

鈴木哲平先生『週刊読書人』2018年7月13日

ナボコフは自己プロデュースに長けた芸術家だった。ただしそれは虚栄心からくるというより、アメリカの亡命生活で気苦労が絶えなかったナボコフにとって、小説とは、優れていれば自然と読まれるものではなく、周到な売り込み戦略が有効な表現であったということを、意味しているように思われる。

 

鴻巣友希子氏『日本経済新聞』2018年7月21日号

 ナボコフは自らの作品だけでなく、自分自身を翻訳したのだ。その過程を具体的に追った本書もまた、卓抜な翻訳論と言えるだろう。[中略]ナボコフの豊かなロシア語作品は皮肉なことに作者の手でならされ、解釈を固定化されたとも言える。秋草はそんな"翻訳の災い"の面にも鋭く切りこむ。 

 

三木朋子先生『しんぶん赤旗』2018年7月22日号

本書はそんな私にもナボコフを読んでみるか!という気を起こさせる説得力のある一冊だった。…圧巻は第三章で、ナボコフの「オネーギン」訳注という浩瀚な窯に…三度も書き換えた「回想記」を投入、見事に自画像を焼き上げる過程を開示してゆくところだろう。…今は亡き米原真理への「注」での言及には証明もなく不誠実な疵をつけている。

 

小谷野敦先生『週刊朝日』2018年10月5日号、60頁

 「知識人作家の実像に迫る」

おそらく何人かのナボコフが好きな人は、本書に怒っているかもしれない。[…]実のところ私は、ナボコフがそれほどの作家とは思っていない。そう思って読むとまたひときわ味わいの違って見える絶妙な本である。

dot.asahi.com

森慎一郎先生『KRUG』11号、2018年、76-80頁。

本書は近年のナボコフ研究の動向[中略]から言って、まさしくいま[中略]書かれるべき本であったということ。[中略]ゆえにひと言で言ってしまえば、書かれるべき本が、書かれるべきときに、それを書くべき人によって書かれた、という慶賀すべき出来事が本書の出版だと言えるだろう。

 

西澤満理子氏『世界文学』128号、2018年、83-85頁。

ファンとしてナボコフの作品を解釈しようとするときに、彼自身をとりまく社会背景に目がいかなくなってしまうのは、ナボコフの打ち出すイメージの檻に囚われてしまっているからかもしれない。本書は檻から外に連れ出してくれる研究書である。

 

後藤篤先生『れにくさ』9号、2018年、202―203頁。

 

ほぼ同時期に英国で刊行されたVladimir Nabokov in Context[中略]では若手からベテランまで総勢30名の執筆陣が幅ひろい文脈のうちにナボコフの文学芸術を再定位していたが、同論集に匹敵する国際的な水準の密度と強度を誇る単著が日本語で書かれたことは、まさにわが国のナボコフ研究の画期を示す事件と呼ぶに相応しい。

 

竹内恵子先生『比較文学』61号、2018年、150-153頁。

 

ナボコフの知られざる横顔が次々と明らかになり、旧来のナボコフ像が一新されるという点できわめて野心的でスリリングな研究書だ。[…]評者は本書の全てに賛同するわけではない。[…]なぜなら、ナボコフは本当に亡命ロシア人社会と完全に切れていたのだろうかという疑問が残るからだ[…]。

 

諫早勇一先生『ロシア語ロシア文学研究』51号、2019年、47-53頁。

 

ナボコフという作家の既成のイメージを大胆には開始て再構成してくれるスリリングな本を言えるだろう。[中略]それでも筆者のナボコフにかける思いは変わらないのだろう。皮肉をこめた叙述のなかにも愛情もこめた本書の読後感はどこかすがすがしい。

 

中田晶子先生『アメリカ文学研究』56号、2020年、57-63頁。

 

序章に本書全体の方法論の雛形が示されている。著者がここで取り上げた個々の事柄は、ナボコフ研究者には馴染みのあるものが多い。[中略]評者も長詩「ロシア詩の夕べ」は昔から知っており、最後の講演での朗読の録音も[中略]聞いていたが、著者がたどったような文脈において考えたことがなく、鮮やかな手さばきで示されるとそれぞれの意味に目を瞠る思いがした。

 

巽孝之先生 「アメリカ小説と批評の研究『英語年鑑』2020年版 研究社 10頁。

アメリカのナボコフーー塗りかえられた自画像』は徹底した作品研究を行ってきた著者による一種の批評的伝記[…]。『ロリータ』出版など〕の周縁的経緯が、この著者にかかると、ナボコフ文学の本質に肉薄するのだから興味深い。

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*随時追加します。

エミリー・アプター『翻訳地帯――新しい人文学の批評パラダイムにむけて』書評まとめ

このエントリにエミリー・アプター『翻訳地帯――新しい人文学の批評パラダイムにむけて』の書評をまとめておきます。

書評をくださったみなさま、どうもありがとうございました。

 

鴻巣友季子さん『毎日新聞』2018年5月13日

 

今週の本棚

鴻巣友季子・評 『翻訳地帯 新しい人文学の批評パラダイムにむけて』=エミリー・アプター著

mainichi.jp

戸塚学先生『世界文学』128号、2018年、80-82頁。

 本書が訳出されたことで、翻訳論を導入した最良の人文書の一つが手軽に読めるようになったことの意義は大きい。

 

片山耕二郎さん『れにくさ』9号、2019年、199―201頁。

 本書の価値はこの本質性を逆転したこと、つまり翻訳が社会・地域的な利害から離れることで純粋に研究できるのではなく、むしろそうした環境、すなわち言語が接触・対立する「地帯」が翻訳の意義・価値を規定する以上、積極的に関わることが本質的な翻訳研究だという、コペルニクス的転回にある。

 

 

 

*随時追加します。

 

 

ナボコフのアーカイヴを訪ねて⑰ ハーヴァード大学ホートン図書館

長らくハーヴァードのアーカイヴを観てきましたが、最後はやっぱりハーヴァード大学のホートン図書館です。

 

ハーヴァードの図書館については以前ケンブリッジ・ボストンの「ナボコフ・ツアー」をしたときに書きました。

yakusunohawatashi.hatenablog.com

70以上ある図書館のなかで、作家の原稿や手紙を一手にあつめているのが、このホートン図書館です。

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この図書館にも膨大な資料があります(一般的にはキーツ、ディッキンソンのコレクションで有名)。

 

入って左手の展示室には数か月後にかわるコレクションの展示があり、週に一度か二度、司書の方がコレクションを案内してくれるツアーがありますし、ときどき朝ごはんをふるまってくれたりします(!)。

 

ナボコフ関係に限っても非常に充実しており、

・出版社ニューディレクションズとのやりとりやゲラ、

ウィリアム・ジェイムズの息子ビリーとのやりとり、

比較文学者ハリー・レヴィンとのやりとり、

・その他旧蔵書

など膨大な資料を閲覧することができます(撮影も可能)。

 

今回でアーカイヴシリーズはいったん終わりますが、

また別な場所に行くことがあれば、更新したいと思います。

 

資料の充実度 ★★★★

使いやすさ  ★★★★★

観光地度 ★★★★