訳すのは「私」ブログ

書いたもの、訳したもの、いただいたものなど(ときどき記事)

ジョイスが訳すジョイス

花粉がひどいですね。いつも鼻炎気味なのでよけい……。

『訳すのは「私」』ではとりあげなかったのですが、自己翻訳をした作家の中でももっとも大物のひとりがジェイムズ・ジョイスです。

彼は自分の実験作『フィネガンズ・ウェイク』の一部、「アナ・リヴィア・プルーラベル」のサミュエル・ベケットら数名による仏訳に協力したことで知られていますが、さらに「自己翻訳度」が高かったとされているのが同じ部分のイタリア語訳です。

関与したのは数ページほどのようなのですが、共訳者やジョイス自身の証言によるとジョイスが自分で訳したと言ってもいいほどの関わり具合だったようです。

フィネガンズ・ウェイク』といえばジョイスが言語実験のかぎりをつくした「際物」で、翻訳するのが困難なことで知られています(さいわい、日本には柳瀬尚紀がいました)。

イタリア語版はフランス語版に比べても自由に訳され、リズムや音調が重視されており、また固有名詞なども置き換えられているとか。

また、ダンテの強い影響下にあったジョイスはダンテのイタリア語を自分の作品の伊訳の中で再生させようとしていたようです。

こういったことは以下の論文に書かれています(ジョイスが訳した部分の『フィネガン』の伊訳つき)。

Risset, Jacqueline. "Joyce Translates Joyce," Comparative Criticism: A Yearbook. (6) 1984. pp. 3-21.

ジョイス研究にもイタリア語にもうといので測りかねるところもありますが、おそらくこうした自己翻訳の存在はジョイスのようなタイプの作家を研究する上では最良のコメンタリー(そしてそれ以上のもの)になりうるのではないでしょうか。