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訳すのは「私」ブログ

書いたもの、訳したもの、いただいたものなど(ときどき記事)

移民作家の自己翻訳

自己翻訳

Moment of Silence

Moment of Silence

今、移民作家が自作を受け入れ先の国の言葉で出版することは(特にアメリカなどでは)珍しくなくなっています。

そのような状況では当然自己翻訳の出番も増えるでしょう。


一例として、セルビア出身の作家トミスラフ・ロンギノヴィッチの場合を見てみましょう。
1955年生まれ。創作をはじめたのはユーゴスラヴィアベオグラード大学の心理学科に在籍していたときだったようです。もちろん言語はセルビアクロアチア語でした。

1982年に奨学金をえて、アイオワ大学でクリエィティヴ・ライティングを学びました*1。その成果として出版されたのが、最初の長編であるMoment of Silenceです*2


このやや短めの長編はいくつもの(ときには互いにかなり関連性の薄い)短い章からなっていて、若者に流行していた音楽・カルチャーを多く取りこんだ、ポストモダンっぽい感じの作りになっています。


後年、彼はこの小説を自分でセルビア語に翻訳しました*3。これは外国語から母語に訳すタイプの自己翻訳ですね。


ただし、興味深いのは、最初のMoment of Silence自体が、実はセルビア語での原稿を元に自分で翻訳して作り出したものだったいうことです。

そして、1997年に出版されたセルビア語−−皮肉にもセルビアクロアチア語晩ではなく−−版は、元になった版がなくなっていたため、新たに訳し直したものだったいうことです。そのため、最初の版とはまるでちがうものになったとのこと。


この「二度目」の自己翻訳は相当大変なものだったようで、著者は「もう二度とやりたくない」とその時をふり返っています。しかし自己翻訳を経験した作家=訳者はほぼすべて自己翻訳を(創作に比べても)ひどく骨が折れるもの、ととらえていますね。。。まあ気持ちはなんとなくわかりますが。


移民作家が現地語で出している本の中にも、このような「自己翻訳」は(そうと明記されていなくても)かなり潜んでいるのかもしれません。


ちなみに上記の内容は、2010年の7月にウィスコンシン州マディソンにある彼の自宅でおこなったインタヴューがもとになっています。

*1:ちなみにアイオワ大の作家向けワークショップは、ジョン・アーヴィングフラナリー・オコナーを輩出したことでよく知られています

*2:Burning Books, 1990年。Toma Longinović名義

*3:Minut ćutanja、1997年