ナボコフ以外にもロシア革命直後の亡命者たち、いわゆる「第一の波」の世代の中には外国語での創作や、自己翻訳を試みた作家が何人かいました。
マンデリシュターム、パステルナーク、アフマートワと並んで、二〇世紀ロシア語詩の到達点とされるマリーナ・ツヴェターエワ(1892-1941)は、自作のフランス語への翻訳を試みています。
一九三〇年頃、当時パリで亡命生活をおくっていたツヴェターエワは、物語詩「若者」を自分でフランス語に翻訳しました。この詩を翻訳するため、彼女はフランス語の作詩法を勉強しなくてはならなかったと言います。
しかし、この自己翻訳はあまり納得のいくものではありませんでした。そこでツヴェターエワは、一種の翻案のようにして新しいフランス語版「若者」を書きあげて、文学サロンの聴衆の前で朗読しました。
こうした外国語での執筆活動の背景には金銭的な問題がありました。他方で、ツヴェターエワの自己翻訳(翻案)詩は、当時のフランス語詩のコンテクストについての理解が希薄だったため、それを聴かされたフランス人聴衆はどうリアクションしていいのかわからないものになってしまいました。結果、現在に至るまで死後出版すらされていません(今でもアルヒーフに眠っている模様)。
詩の翻訳や、外国語での執筆が難しい理由の一つは、「おもしろい話」を書けば受けいれられる可能性がありそうな散文と違って(まあ、実際はそんなにうまくはいかないのですが)、詩はよりきりつめられた表現形態であるため、その言語文化の(広義の)「コンテクスト」に「意味」の多くを負っているからではないでしょうか。
そして、ツヴェターエワほどの大詩人でも、それを克服することは容易ではなかった。
後に、ツヴェターエワはフランス語で散文を執筆します(『アマゾンへの手紙』)。これは彼女の死後、かなり経ってから出版されたようです。
上記の話の事実関係は以下の文献を参考にしました。
知られざるマリーナ・ツヴェターエワ (バイオグラフィー・女たちの世紀)
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