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訳すのは「私」ブログ

書いたもの、訳したもの、いただいたものなど(ときどき記事)

アンドレイ・マキーヌの場合:アリバイとしての自己翻訳

自己翻訳

アンドレイ・マキーヌ(1957〜)はロシア生まれのフランス語作家で、はじめ亡命作家イヴァン・ブーニンの研究などをしていましたが、1987年に渡仏して後フランス語での創作を始めます。


1995年の『フランスの遺言書』でメディシス賞・ゴンクール賞を同時受賞する快挙をなしとげ、日本の読書界でもよく知られるようになりました。


ところが、その作家生活は平坦なものではありませんでした。当初、出版社から外国人が書いたという理由で読みもせずに作品を次々に断わられたマキーヌは、窮余の策として架空の翻訳者をでっちあげ、マキーヌ(といよりもロシア人作家「アンドレイ・マキン」というべきか)という作家のロシア語作品を、そのフランス人訳者が仏訳したという体裁にすることでした。


こうして出版された『ソヴィエト人中尉の娘』(邦題『たった一つの父の宝物――あるロシア父娘の物語』)には「フランスワーズ・ブール」という「訳者」の名前がクレジットされることになったわけです。


翻訳研究の分野では、このような架空の原作を立てることによる翻訳の偽装を「擬翻訳」(pseudo-translation)と呼んでいます。これ自体は奇妙ですが、まあないことではありません。ちなみにこの件は、マイケル・クローニン『翻訳とグローバリゼーション』でもとりあげられています(ただしこの本、マキーヌの名前が英語読みで「マキネ」になっちゃってますが・・・・・・)。


第二作の『失墜した旗手の告白』でも別の訳者が立てられていますが、出版社から外部に翻訳のチェックに出すために原作の提出を求められ、困ったマキーヌは三週間で(!)フランス語原文をロシア語に訳して原作をでっちあげたそうです。


これはアリバイ作りのために自己翻訳をしたという意味で、かなり特殊なケースだと思います。すくなくともあまり聞いたことはありません。できたものは「擬原作」(pseudo-original)とでも言えばいいのでしょうか。その後、作家として認められ、必然的にこういった苦労はしなくてもいいことになるのですが・・・。


ちなみにこのロシア語版、「擬原作」が出版されたという痕跡はちょっと見たかぎりありませんでした。『フランスの遺言書』はロシア語でも翻訳出版されていますが、そこにクレジットされている訳者二名は実在する(?)訳者のようですから「自己翻訳」ではないようです。


ところでマキーヌの話を出したのは最近、正体不明だったフランスの推理小説作家ガブリエル・オスモンドがマキーヌだとある学者の指摘によって判明したというニュースをたまたま目にしたからだったり。今までオスモンド名義で出版された小説の中にも真の作者がマキーヌであると言うことを示唆する手がかりが隠されていたのだとか。いろいろ考えつくひとです。しかし、リンク先のNew York Timesの記事の日付も4月1日でうさんくさいですが(笑)。


フランスの遺言書

フランスの遺言書

たった一つの父の宝物―あるロシア父娘の物語

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翻訳とグローバリゼーション―新翻訳事始め

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