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訳すのは「私」ブログ

書いたもの、訳したもの、いただいたものなど(ときどき記事)

Nabokov@Cambridge3: 9 Maynard Place, Feb. -June 1952

コーネル大学に赴任したナボコフケンブリッジに帰ってくるのは1952年2月、サバティカルをとった友人、ハーヴァード大学スラブ文学科教授、ミハイル・カルポヴィチの代わりとして教鞭をとるためでした。結局、6月20日まで滞在することになります。


スラブ科の授業が2コース(モダニズム、プーシキン)に小説のクラスが1コース(『ドン・キホーテ』)。とくに後者はメモリアル・ホール、サンダース劇場の大教室で学生500人を前に火曜と木曜の午前10時から11時までおこなわれました。

このときの講義を死後に編集したものが出版されています。

ナボコフのドン・キホーテ講義

ナボコフのドン・キホーテ講義


南北戦争の戦死者を奉ったメモリアル・ホールはハーヴァード大学の観光名所の一つで、内側から見るステンドグラスが美しい。

また、3月の末にはシーバー・ホールで詩の朗読もおこないました。シーバー・ホールはワイドナー図書館のすぐとなりにあるホールです(英詩 "Restoration" "Pity the Elderly Grey Translator" を読んだという)。


さて、この際サブレットしたのが9 Maynard Placeの家で、友人を通して借りたものでしたが、貸し主のひとりは作家のメイ・サートンでした。

At the beginning of Feburary, the Nabokovs arrived in Cambridge and settled in at 9 Maynard Place, near the Charles River and a twenty-minutes walk west from the Harvard campus. They had obtained the house through their friend Sylvia Berkman, a friend of the couple subletting the place, the writer May Sarton--"a charming lesbian lady," Nabokov thought--and Judith Matlack, who was taking sabbatical leave. Nabokov loved the ramshackle quarters, with all their bibelots and a good bibliothéque. He laughed at the protracted and rather fussy orgasm that took place every five minutes or so among the steam pipes of the radiator in his comfortable, sunny study at the top of the house. And he doted on May Sarton's tiger cat, Tom Jones--the Nabokovs renamed him Tomski--later to be come famous as the hero of Sarton's book The Fur Person. AY 211-212


メイ・サートン(1912-1995)はみすず書房ウェブサイトでは次のように紹介されています。


1912年、ベルギーに生まれる。4歳のとき父母とともにアメリカに亡命、マサチューセッツケンブリッジで成人する。一時劇団を主宰するが、最初の詩集(1938)の出版以降、著述に専念。小説家・詩人であり、日記、自伝的作品も多い。1995年逝去。著書『独り居の日記』(1991)『ミセス・スティーヴンズは人魚の歌を聞く』(1993)『今かくあれども』(1995)『夢見つつ深く植えよ』(1996)『猫の紳士の物語』(1996)『私は不死鳥を見た』(1998)『総決算のとき』(1998)『海辺の家』(1999)『一日一日が旅だから』(2001)『回復まで』(2002、いずれもみすず書房) 他多数。

立場は違いますが、サートンの両親もまた、第一次世界大戦の際に亡命した人々でした。ナボコフとのつながりは奇妙なコネクションと言えるかもしれません。


サートンの飼い猫トム・ジョーンズは、小説The Fur Personのモデルとして有名になった猫でもあります。ちなみにこの小説は『猫の紳士の物語』として邦訳も出ています。

猫の紳士の物語

猫の紳士の物語

ナボコフはどちらかと言えば犬派の作家のように思うのですが、トラ猫トム・ジョーンズことトムスキーのことは気に入り、病気になったときは獣医に連れていったりもしています。


サートンの愛猫、トム・ジョーンズの写真を探したんですが、これだ、とはっきりわかるものは残念ながら見つかりませんでした。

これはサートンの両親の写真ですが(1946撮影)、トラ猫が映っています。1953年にナボコフトム・ジョーンズと再会することになります。




場所はこのような感じです。Stacy SchiffのVéraでは "ten minutes from campus" (Véra 172)となっていますけど、10分で歩くのは相当な早足でないと無理な距離です。ボイドの徒歩20分が正しい。

地図上の1が9 Maynard、2がサンダース劇場です。


Maynard PlaceはFoster St.とMt. Auburnに挟まれていますが、Foster側からは入ることができません。一種の袋小路のような構造になっていました。


ここが現在の9 Maynard Placeですが、どうでしょうか。家は少なくとも改装されているようです。


Margot Petersの伝記によると、1950年9月にサートンとその恋人Judyは9 Maynardに引っ越してきました。しかし、旅行や母の死やらでサートンはあまりここに長くは住まず、1952年の9月(ナボコフが去った直後)には引っ越しています。

In 1950-1952, May taught two composition courses twice a week at Harvard as a Briggs-Copeland appointee. The large house are 9 Maynard Place was partly subsized by students renters. Without Judy, May would indeed have been forced to live with George, for she earned a bare subsistence. Margot Peters, May Sarton, 189.

May Sarton

May Sarton


たしかにやや「大きめの家」と言えるでしょうか。ただしこの伝記にはナボコフについてはまったく触れられていません。



ちなみにここを出て、Mt. Auburnをはさんだ向かいにある病院Mount Auburn Hospitalは、妻ヴェラが1942年の末から1943年の頭にかけて、肺炎で入院していたことのある病院です (Véra 124)。