読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

訳すのは「私」ブログ

書いたもの、訳したもの、いただいたものなど(ときどき記事)

フランコ・モレッティ『遠読(仮)』みすず書房①

告知 遠読 訳したもの

もう一件、来年の出版予定について告知しておきます。

 

ナボコフの塊(仮)』(作品社より刊行予定)と並行して目下すすめている翻訳(共訳)が、フランコモレッティ『遠読(仮)』(みすず書房より刊行予定)になります。

 

 

 

フランコモレッティスタンフォード比較文学者で、すでに日本でも翻訳紹介されていますが(なんと20年以上前に!)、今回訳出をすすめているのは「精読(close reading)」にたいして提唱する概念である「遠読(distant reading)」を縦糸にした評論です。

 

膨大な小説をあつかうにあたって、モレッティは文学作品にたいして距離をとることを勧めます。その実践の成果がこの本であり、その中でモレッティは他人の研究を参照して翻訳で小説を読んだり、プロットだけとりだして分析したり、タイトルだけとりだして文字数を数えたり……さまざまなアプローチを試みています。

 

10本の論文が収められていますが、なかでももっとも有名なものが「世界文学への試論」という2000年に発表された論文です。

 

この論文でモレッティウォーラーステインの「近代世界システム」をモデルにして、近代における小説の世界的伝播を理論化しようと試みましたが、モレッティ自身が回顧しているように出版当初から批判の大合唱を受けました。

 

むしろ、2000年以降の「世界文学研究」はモレッティのこの論文に対する反論としておこなわれてきた、と言っても過言ではない重要な論文です。

 

ダムロッシュの『世界文学とは何か?』もそうですし、

 

 

 

この本とかまるまる一冊モレッティ批判みたいなものです。

 

 

 

日本では論争のもとになった肝心の論文ぬきで話がすすんでいた感があり、その意味でも今回訳出の機会をえたことは意義があると思っています。

 

日本でも円城塔による紹介が『本の雑誌』(「遠くから見る世界文学」2015年5月号)にすでに掲載されていますが、邦訳を早ければ2016年の前半にみなさんのお目にかけることができると思っています。