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訳すのは「私」ブログ

書いたもの、訳したもの、いただいたものなど(ときどき記事)

2015年度日本ナボコフ協会大会のお知らせ

告知

2015年度の日本ナボコフ協会の大会が6月16日(土)におこなわれます。


くわしくはこちら


参加無料・一般歓迎ですので、お誘いあわせのうえ、ぜひご来場ください。


私も「ナボコフとロフリン」で発表する予定(14時5分〜)


要旨はこちら(私の要旨は要旨ではなく、「予告」になってしまっていることが多いですが)。

ナボコフとロフリン


 ナボコフはあるインタヴューで、質問に答えて自分をアメリカの作家だと定義し、その理由として、「自分の作品はまずアメリカで出版されてきたから」と答えている。ナボコフらしい、人を食ったような回答ともみえるが、ある意味で真をついているとも言える。ナボコフの英語作品が(執筆された場所がどこであれ)(『ロリータ』を除いて)(イギリスではなく)アメリカで最初に出版されてきたということ、その事実を軽視することはできない。なぜなら、一般に、出版のプロセスにつうじて、作家は現地のさまざまな規範を内面化し、作品に反映にさせるものだからだ。私たちナボコヴィアンは、ナボコフの作品を孤絶した天才の芸術品と見なすことに慣れすぎていて、しばしばそれもカルチュラル・プロダクトであることを忘れてしまう。
 こうした意味で、ナボコフにとってほとんど最初のアメリカの編集者であり、その英語長編をはじめて出版したジェイムズ・ロフリンと、彼が創業した出版社ニューディレクションズが初期のナボコフ受容にはたした役割は少なくない。ナボコフが新人英語作家としてのキャリアを積むための場所を求めていたように、ロフリンとニューディレクションズも自分たちの理念を実現するためにナボコフという作家を求めていた。本発表ではハーヴァード大学ホートン図書館およびニューヨーク公共図書館バーグコレクションに所蔵される500通を超えるナボコフとロフリンの未公刊書簡だけでなく、パンフレットなど当時の出版資料を調査することで、両者の文学的蜜月と、その破局を浮き彫りにしてみたい。


日本でナボコフの本格的な研究発表をするのは久しぶりで
(すくなくともナボコフ協会にかぎれば5年ぶり)、
感慨深いものがあります。


ニコライ・ゴーゴリ (平凡社ライブラリー)

ニコライ・ゴーゴリ (平凡社ライブラリー)