訳すのは「私」ブログ

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ナボコフの値段③ レア本編①

①書簡編②原稿編もどうぞ。

 

著者が献辞を書いて、知人に送った自著――inscribed copy――のジャンルで、もっとも有名なナボコフ本ははっきりしています。

 

リック・ゲコスキー『トールキンのガウン―稀覯本ディーラーが明かす、稀な本、稀な人々』(高宮利行訳、早川書房、2008年)は稀覯本ディーラーの実体験をつづったエッセイですが、その第二章が『ロリータ』です。

 

 (この本、品切れのようなのでハヤカワNFで文庫化してほしいですね)

 この本、ナボコフの『ロリータ』の価格の変遷がわかっておもしろいです。

 

『ロリータ』がベストセラーになったのは、グレアム・グリーンの力によるところが大きいという事実はよく知られています。というよりも、グリーンの評に評論家のゴードンが噛みつき、それで話題になったのです。(グリーンのゴードンいじりについては以下の本もくわしいです)

 

 

あとになって、ナボコフはグリーンに会い、献辞付きの『ロリータ』を送ります。この本は当然ながら、上記のような歴史的経緯があるので、非常に価値があるものになります。

 

まずゲコスキーがカタログに献辞付きの『ロリータ』を載せます。

 

一九八八年春の古書目録十号二四三番に、私は次の本を載せた。

 

ナボコフ、ウラジーミル著。『ロリータ』ロンドン、一九五九年。イギリス初版、著者からいとこのピーター・ド・ピ-ターソン夫妻への献呈本、一九五九年十一月六日の日付入り、献辞の下に著者のトレードマークである蝶を描いた小さな絵付き。

 

三千二百五十ポンド(17頁)

 

するとグリーンから連絡があり、グリーンあての献辞がついた『ロリータ』を買いとることになります。

 

グリーンは、五〇年代のパリを彷彿とさせる濃緑色で小ぶりの二巻本『ロリータ』を取り出した。その本の献辞は息を呑むほどのものだった。「グレアム・グリーン様、ウラジーミル・ナボコフより、一九五九年十一月八日」この言葉に続いて、大きな緑の蝶の絵が描かれており、その下にナボコフは「腰の高さで舞う緑のアゲハチョウ」と書いていた。 21頁

 

ゲコスキーはこの本をグリーンから四千ポンドで買い取りました。そしてすぐさま「 エルトン・ジョンの作詞家で、ポニーテールで愛想がよいバーニー・トービン」に九千ポンドで売却します。(21-22頁)

 

 グレアム・グリーンから購入したオリジナル本のほうは、一九九二年に一万三千ポンドで買い戻し、まもなくニューヨーク在住の収集家に売却した。彼にとっては安い買い物だった。二〇〇二年にはこれが<クリスティーズ>にふたたび現れたときには、二十六万四千ドルという驚天動地の価格に跳ね上がった。私はそのとき会場に居合わせ、とび上がるほどに驚いたが、古書業者としての良心の呵責で気分が悪くなった。30頁

 

短期間でめちゃめちゃ値段があがっているのがわかると思います。

わずか十年少々で、何十倍もの値がついています。最終的には三千万ぐらいですか。

(4000GBP→9000GBP→13000GBP→264000$)

 

とはいえ、inscribed copyについてはこのあともやや話が長くなるので、いったんここで切ります。

 

(追記)

 アリソン・フーヴァー・バートレット『本を愛しすぎた男――本泥棒と古書店探偵と愛書狂』(築地誠子訳、原書房、2013年)の主人公、本泥棒ジョン・ギルキーも『ロリータ』の初版本に執心だったようです。

 

一九九七年の春、ギルキーの生活は生き生きとしていた。[中略]彼はバウマン・レアブックショップに電話をかけて、お勧めの本があるかとたずねた。店員は『ロリータ』の初版本をあげた。その本なら知っていた。[中略]それに、値段がその種の本にしてはそれほど高くない――およそ二千五百ドルだった。[中略]もちろん、ギルキーの『ロリータ』は、その百分の一にも満たないが、最初に購入した高価な本として、彼の心の中で特別な位置を占めることになった。61-63

 

一九九七年の時点で初版本が二五〇〇ドルですか。いまはその十倍はするでしょうね!