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訳すのは「私」ブログ

書いたもの、訳したもの、いただいたものなど(ときどき記事)

Nabokov@New York City9 American Museum of Natural History

アメリカ ナボコフ NYC

3年ぶりぐらいのシリーズです。

 

1940年代、ケンブリッジ・ボストン近郊に住んで、蝶についての調査をMCZで始めていたころのナボコフが、たびたび訪問したのがニューヨークのAmerican Museum of Natural History(アメリカ自然史博物館)です。

 

77番街―81番街、セントラルパークの西側に位置しています。

 

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 ↑は77番街側からの関係者入口&出口です。ふつうはセントラルパーク側の入り口から入ります。

American Museum of Natural History

 

なお、ちなみに現在は以下のような展示をおこなっていました。

www.amnh.org

 

 

いろいろ調べたところ、少なくとも、

 

1942年1月20日

1942年3月13日

1942年4月15日

1945年4月12日

1946年5月6日

1946年9月末?―10月?

1948年9月6日―7日

1952年12月23日

 

 …は博物館に通って、タイプ標本をチェックしたり、研究員のドス・パソスやコムストックと蝶や蛾の分類について議論したようです。

 

シリル・ドス・パソス(1887―1986)*1、ウィリアム・P・コムストック(1880–1956)はどちらもすぐれた昆虫学者だったようで、書簡を読むとナボコフが彼らとの交友を非常に楽しんでいたことがわかります。1948年にナボコフケンブリッジをはなれ、コーネルに移ることになるわけですが、それは安定した生活と引き換えにMCZでの研究を手放すことを意味していたわけで、そのことを伝える書簡はその辛さ、手放しがたさを訴えるものになっています。

 

もし、ナボコフがコーネルに職をえることがなく、ケンブリッジにとどまりつづけていたとしたら、『文学講義』シリーズはなかったでしょうが、鱗翅目研究についての大部の研究書が書かれていた可能性は十分にあるでしょう。

 

 

 

 ナボコフの鱗翅目研究については以下のエントリもお読みください。

 

yakusunohawatashi.hatenablog.com

あるいは『ナボコフの塊』の付録、荒木崇先生のエッセイも。

 

 

 ナボコフと鱗翅目研究者のやりとりの(ごくごく)一部は、

 

 

に収録されています。