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ナボコフのアーカイヴを訪ねて⑨ テキサス大学オースティン校ハリーランサムセンター

 アーカイヴ紀行の9回目です。

 

今回は東海岸から大きく飛びまして、テキサス大学オースティンのハリーランサムセンターをご紹介します。

 

オースティンはテキサスの州都、テキサス大学オースティン校は名門として知られます。

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 おなじみの州議事堂。

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広いキャンパスですが、この近くで70年前に乱射事件があったんですよね。

そのアーカイヴであるハリーランサムセンターは、アメリカでも有数の近現代の作家のコレクションを持っています。特に国内外問わず20世紀の作家に非常に強い印象。

  

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ハリーランサムセンターの外観はこんな感じです。

 

 

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閲覧室はこんな感じ。

 

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センターでは幅広く作家関連資料を収集しています。

たとえば、ジョン・ファウルズが生前使っていた机が飾られていました。

 

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ナボコフがアメリカではじめて会った編集者のひとり、 『アトランティック・マンスリー』のエドワード・ウィークスとの書簡もあります。

 のちにウィークスは著書にナボコフの印象を書きとめました。

 

 

 

ほかにもクノップフ、ダブルデイなど出版社とのやりとりが多く収蔵されています。そのため、書簡だけでなく、『プニン』や『透明な対象』のゲラ刷り、元原稿(『マイ・ディア・プニン』という題のもの)も見ることができます。伝説的な編集者(まだ存命ですが)ジェイソン・エプスタインとの書簡の一部もここに収められています。

 

 

 

そうかと思えば、1930年代のロシア語書簡や、いとこの作曲家ニコラス・ナボコフとの書簡の一部も収められています。

 

オースティンは観光地ではないですが、大学の美術館は圧巻ですし、少し町はずれに行くと、O・ヘンリーが住んでいた家なんかもありました。

 

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なお、センターの一階には展示スペースがありますが、訪問した時には『風と共に去りぬ』展が開催されていました。

 

オースティンは治安は普通そうでしたが、街が結構だだっぴろく、

移動が面倒なので、多少高くついても大学近くに宿をとったほうがよいです。

この手の調査は長距離移動、時差ボケ、食事事情などに苦しめられることが多いので、

ストレスは極力避けたいところです。

これはアーカイヴ調査の鉄則のひとつでもありますが……

 

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AT&Tホテルはセンター至近で、米国で滞在したホテルの中でも最高に近かった。)

 

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