訳すのは「私」ブログ

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「「世界文学」、作為的な部分集合 国ごと異なる解釈に迫る一冊」

 9月2日『朝日新聞』夕刊で新刊『「世界文学」はつくられる――1827-2020』(東京大学出版会)についてインタヴューしていただきました。

 

「世界文学」、作為的な部分集合 国ごと異なる解釈に迫る一冊

 以下から読むことができます。

 

「世界文学」、作為的な部分集合 国ごと異なる解釈に迫る一冊:朝日新聞デジタル

 

 とりあげていただき、どうもありがとうございました。

 

 

『「世界文学」はつくられる――1827-2020』書評まとめ

拙著 『「世界文学」はつくられる――1827-2020』(東京大学出版会)にいただいた書評をまとめています。どうもありがとうございました。(随時追記します。)

 

小谷野敦先生『週刊読書人』2020年8月21日号 「この無機質な書籍の功徳 文学は少数派のものであり、教育や商業主義に馴染まないもの」

米国で使われるノートン版アンソロジーの、授業を進めるための懇切丁寧なマニュアルを紹介されると、文学というの は個々人が関心を持ち自分で探して読んでいくものだという原点に気づく。福田恆存が「一匹と九十九匹と」で言った ように、文学は少数派のものであり、そもそも教育や商業主義に馴染まないものだということに気づかされるのが、こ の無機質な書籍の功徳であろう。

dokushojin.com

 

加藤百合先生『日本経済新聞』2020年8月22日 「「カノン」の成立 精細に再現」

各部において、明治以来の日本、革命後のソ連、そして大戦後の北米、それぞれ、誰がいかなる意思と時代の制約のもとに『世界文学全集』を編んだのか、その過程を証言を積み上げ精細に再現してゆく。この三国の内情の比較を本格的に行えるのはいま著者を措(お)いていない。

 

www.nikkei.com

 

苅部直先生『読売新聞』8月30日 「再編成される「名作」」

 

「世界」が共有すべきすぐれた文学作品とは何か。その基準を考え、「名作」を選び出す営みが、政治や社会の秩序を維持し、あるいは再編成する動きに関わってゆく。本書が投げかけるのは、異なる言語の文学を理解する方法とともに、文学をめぐる広い意味での政治に関する問いにほかならない。

 

 

 

 

武田将明『デフォー『ペストの記憶』』NHK出版

武田将明先生からご著書をご恵投いただきました。まことにありがとうございます。

 

武田将明『デフォー『ペストの記憶』』NHK出版

 

NHKの番組「100分で名著」のテキストですね。

 

デフォー『ペストの記憶』自体も、武田先生が近年新訳を出されたばかりです。

カミュ『ペスト』と題名は似ていますが、疫病に対してむしろ徹底的にリアリスティックな視線がデフォーの特徴で、それは現代――現在にも通用するものでしょう。

 

 

 

頭木弘樹『落語を聴いてみたけど面白くなかった人へ』ちくま文庫

著者の頭木弘樹さんからご恵投いただきました。どうもありがとうございます。

 

頭木弘樹『落語を聴いてみたけど面白くなかった人へ』ちくま文庫

 

www.chikumashobo.co.jp

 なぜ落ちは笑えない? どうして話が途中で終わるのか、などなど。落語に関する素直な疑問を解き明かしながら、落語ならではの大いなる魅力に迫る。

 

 

☆頭木さんは今月、すでに一冊本を出されています。

yakusunohawatashi.hatenablog.com

エルヴィン・ナギ『革命記念日に生まれて――子どもの目で見た日本、ソ連』野中進訳、東洋書店新社

訳者の野中先生からご訳書をいただきました。どうもありがとうございました。

 

エルヴィン・ナギ『革命記念日に生まれて――子どもの目で見た日本、ソ連』野中進訳、東洋書店新社

 

 ソ連史の、リアル。
モスクワに生まれ、日本で育ち、粛清で父を失う――時代に翻弄された人生は、しかし、典型的なソ連人のそれでもあった。スターリン体制、独ソ戦、長い長い全体主義の時代…ソ連に生きること、の手触りを直に伝える回想録。
「人民の敵」の子、外国育ち、ユダヤ人という、少数者としての著者の視点は、ソ連社会を「異化」し、その本質をあぶりだす。日本滞在時の回想も、外国人、それも子どもの目から見た当時の世相が見て取れて興味深い。解説沢田和彦。
粛清された父のKGB尋問記録(第三部「父のファイル」)も貴重。

 

これは非常に貴重な資料の翻訳ですね。在日ロシア人というと、

どちらかというと白系のほうの資料が多く紹介されているので、

在日ソ連人の生活がわかるという点で、色々な観点から役立てることができそうです。

 

野中先生、どうもありがとうございました。

 

toyoshoten.com

 

 

日本比較文学会東北支部編『問題としての「アメリカ」――比較文学・比較文化の視点から』晃洋書房

高橋由貴・伊藤豊先生からご恵投賜りました。どうもありがとうございます。

日本比較文学会東北支部編『問題としての「アメリカ」――比較文学比較文化の視点から』晃洋書房

 

国も個人も時代も、影響を受けずにはいられない存在、アメリカ。近代日本文学・文化の領域に現れた「アメリカ」の姿を様々な主題に沿って検討し、知識人や大衆の間の「アメリカ言説」の展開を日本以外の事例も含めて考察する。

 

川端、三島、村上春樹、ブロツキーや「386 世代」の韓国映画監督たち。占領、東西対立、大衆文化の展開など、多様なトピックをめぐって近代日本、そして世界に展開した「言説としてのアメリカ」の内実を、比較文学および比較文化論的な分析によって明らかにする論集。

 

 

 

はじめに      森田直子


第Ⅰ部 日本文化における「アメリカ」

 

第1章 川端康成伊豆の踊子』とThe Izu Dancer――アメリカ冷戦期文化政策と翻訳された自然――

江口真規
第2章 民主主義とエマソン――高木八尺におけるアメリカ言説のアイロニー――

小林竜一
 
第3章 大衆社会の「美」に逆らうもの─―三島由紀夫の批評的創造――

山﨑義光

 

第4章 村上春樹の『地獄の黙示録』受容とヴェトナム戦争――エッセイ『同時代としてのアメリカ』から小説「午後の最後の芝生」へ――

高橋由貴


第5章 ふたつの名前を持つ映画について――谷崎潤一郎「人面疽」論――

森岡卓司

 

第6章 「アメリカ」を書き直す――川端康成の1930年前後をめぐって――

仁平政人
 
第Ⅱ部 アメリカ言説の諸相

 

第7章 親愛なるアメリカの不在――ロシア語亡命詩人ブロツキーの詩学・世界図――

中村唯史

 

第8章 ポストコロニアルアメリカ表象へ――韓国における〈戦後〉のアメリカ表象をめぐって――

佐野正人

 

第9章 ゾンビ――アポカリプス的世界観から生み出される未来への希望――

梁 姫淑

 

第10章 司馬遼太郎が見たアメリカ――比較文化心理学・文化心理学・異文化マネジメントの観点から――

金子 淳

 

第11章 江藤淳の〈反米〉と「私」――『アメリカと私』再読――

塩谷昌弘

 

第12章 反米主義――「感情のうねり」をめぐる私考――

伊藤 豊
 
あとがき ――「アメリカ」という問題群――

伊藤 豊・森岡卓司

 

 

 

 

頭木弘樹『食べることと出すこと』医学書院

頭木弘樹さんからご著書を恵投いただきました。

 

頭木弘樹『食べることと出すこと』医学書

 

出版社の紹介から引用します。

「食べて出すだけ」の人生は……なんて素晴らしいのだろう!

「飢えから、栄養不足による飢えを引いたもの」を体験した人はあまりいない。
点滴によって栄養は足りているのに、「喉」は何かを飲み込みたいと言い、「顎」は犬のように骨の形をしたガムを噛みたいと叫び、「舌」はとにかく味のするものを! と懇願してくるのだと著者はいう。
こうして、食べて出すことがうまくできないと、日常は経験したことのない戦いの場となる。

絶食後に始めて口に入れたヨーグルトが爆発するとは?
茫然と便の海に立っているときに看護師から雑巾を手渡されたときの気分は?
便が心配でひきこもり生活が続いた後、外を歩くと風景が後ろに流れていくとは?

食べて出すだけの日常とは、何かを為すためのスタート地点ではなく、偉大な成果であることが心底わかる傑作。
切実さの狭間に漂う不思議なユーモアが、何が「ケア」なのかを教えてくれる。

しかしこのような大病がなければ「文学紹介者」としての著者の現在はなかったかもしれない(いや、百パーセントなかった)と考えるとなんとも不思議なものです。

頭木さん、どうもありがとうございました。