訳すのは「私」ブログ

書いたもの、訳したもの、いただいたものなど(ときどき記事)

2011-06-01から1ヶ月間の記事一覧

今福書評

今福龍太氏による書評が6月13日の読売新聞にでていました。ありがとうございます。朝日新聞と同じ『ローラのオリジナル』とあわせての書評で、六章「訳注『エヴゲーニイ・オネーギン』――樹影譚としての翻訳論」に注目したという点も少し似ていますね。ただ、…

メモ:ボルヘスの自己翻訳

ジョージ・スタイナーが「脱領域の知性」としてあげた作家のうち、ボルヘスの自己翻訳についてはいまいちはっきりしたことがつかめず、『訳すのは「私」』では触れませんでした。ボルヘスのスペイン語→英語の翻訳にかんしては、英訳者ノーマン・トマス・ディ…

魯迅のバイリンガリズム

魯迅のバイリンガリズムについてひとつ論文に当たったのでメモ。陳仲奇「魯迅作品における日本語的表現要素について」『総合政策論叢』10号、2005年。魯迅作品の中に日本語表現が輸入されている例が具体的に示してあって(私はまったく魯迅研究・中国語につ…

田原の場合

バイリンガル詩人の田原(ティエン・ユアン、1965〜)氏の講演会に行ってきました。以下メモ。・北京語→日本語、日本語→北京語のどちらの自己翻訳もする。 ・北京語→日本語の詩とはじめから日本語で書かれた詩を比べると、後者の方が「日本語に近い」感覚が…

デスエノス『低開発の記憶』

エドムンド・デスエノス『低開発の記憶』(野谷文昭訳、白水社)をご恵贈いただきました。ありがとうございます。低開発の記憶作者: エドムンドデスノエス,野谷文昭出版社/メーカー: 白水社発売日: 2011/05/24メディア: 単行本 クリック: 4回この商品を含む…

研究社論集

『読みなおすナボコフ、書きなおすナボコフ』ですが、拙稿は棚に上げるとして、ひとつの読みどころは海外からの寄稿者(ボイド、クチュリエ、デュランタイ、パイファー、ウッド、マリコヴァ)ではないかと。これだけ世界のナボコフ研究が日本語でまとまった…