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レヴィンの翻訳論

The Subversive Scribe: Translating Latin American Fiction (Dalkey Archive Scholarly)

The Subversive Scribe: Translating Latin American Fiction (Dalkey Archive Scholarly)

「作者=訳者」がひきおこす状態を「自己翻訳」self-translationと呼んでいるわけですが、大きく分けて

①作者ひとりが翻訳をしている場合
②作者以外に共訳者がいて、二人以上の共同で翻訳に当たっている場合

の二つのケースが考えられます。

その意味では実は①の「純粋な」自己翻訳というのはむしろ少数派かもしれません
(ちなみにナボコフの場合、息子と作業にあたることが多かった)。

そこで実際にどのようなやりとりが作者=訳者と共訳者のあいだでおこなわれているのか気になるわけですが、その内幕をさらした興味深い本がこちら。

Suzanne Jill Levine
The Subversive Scribe: Translating Latin American Fiction, Dalkey Archive P. 2009.
(ちなみにこの版ではレヴィンによる新たな序文が付いています。)

著者のレヴィンはラテンアメリカ文学の紹介者で、その翻訳者としての経歴はビオイ・カサレス、ホセ・ドノーソ、フリオ・コルタサルなどそうそうたる面々の英訳で埋まっています。

この本の中では洒落を多用する作家、G・カブレラ=インファンテとの共訳作業が
私信を惜しみなく引用しながら紹介されています。

こんなやりとりを繰り返してあの500頁以上、語呂合わせで埋め尽くされたInfante's Infernoが訳されたかと思うと思わず胸熱ですね。

また、この本は一種の実経験にもとづく翻訳論にもなっており、
レヴィンは<翻訳>をかなり<創作>に近いものととらえています。