西脇順三郎についてちょっとだけ調べてみると、いくつかその自己翻訳についてわかったことがあったのでメモ。
1、西脇はイギリスでの留学生活を終えて帰国する際に、フランス語の詩集を出せないか、とパリに立ち寄り、フランス語詩の原稿を持って出版社巡りをしていた。(このこと自体は伝記にもある)
それがUne Montre Sentimentale(『センチメンタルな時計』)なのですが、新倉俊一『西脇順三郎 変容の伝統』(花曜社、1979年)によれば、「その大部分は英詩の習作から仏訳したもの」だったといいます(76頁)。
つまり、西脇のフランス語詩の多くは「自己翻訳」だったわけです。
2、代表作のひとつ「馥郁タル火夫」も「当時フランス語と英語の両方に「翻訳」」したようです(同書、88頁)。(つまり、一つの詩に(少なくとも)三言語にわたって三つのヴァージョンがあることになる。)
その英詩は"Suicide in a Gallery"で、私家版詩集Poems Barbarous(1930年)に収録された。ただし、Poems Barbarousにはほかにも「"A Dorian Lyre (or Liar)"や"Ritual"など、「馥郁タル火夫」のヴァリエーションが数篇含まれている」(同書、91頁)。
3、1933年『椎の木』(10月号)が初出の詩「五月」(のちに『アムバルワリア』に収録)は、私家版詩集Poems Barbarous(1930年)に収録された"Ode to the Vase"という「英詩から翻訳(または翻案)」されたものであったらしい(同書、95頁)。ただこの二つの詩はモチーフこそ共通しているものの、かなりちがう。
ただ、どの詩も比べて読むと一般的な意味合いでの「翻訳」をあてはめていいものかどうか迷うぐらいの絶妙な改変をされているのがおもしろいところかもしれません。
こうしてみてくると『アムバルワリア』の大部分の作品は古典の翻案か、自由な引用とその大胆な変容という積極的な意味での典拠の文学であり、”書き替え”である。この詩集によって日本の詩的風土にまったく新しい種子がまかれた。(同書、151頁)
また、西脇のこうした翻訳詩人としての側面を評価した文章に渡部桃子「詩人としての西脇順三郎−−西脇と/の翻訳」(『英語青年』2008年1月号、10−13頁)がありました。
たしかに、彼の創作活動においては、翻訳が、かなり重要な位置を占めていたのであろう。[中略]おそらく、西脇にとって、翻訳とは、「オリジナル」を忠実に、正確に再現する(しようとする)ことではなかったのだろう。[中略]西脇にとっては、「オリジナル」でさえ、ある事象を言語化したものにすぎなかったのではないか。だから、彼にとっては「オリジナル」と翻訳の「境界線」、「上下関係」など存在しなかった[中略]。別の言い方をすれば、すべては翻訳だったのである。(13頁)
[後記]『西脇順三郎全集』の新倉俊一「主要欧文詩集訳詩」124―134頁にもくわしい解説がありました。
それによると「『アムバルワリア』以降の主要英詩篇で、作者自身の翻訳ないし自由訳があるもの」は、
Traveller's Joy(『西脇順三郎全集』第十一巻「旅人のよろこび」)
Chromatopoiema(一部)(同右「クロマトポイエマ」)[自由訳――詩作品の一部]
January in Kyoto(『西脇順三郎全集』第十一巻『人類』所有「キササゲ」)
Chromatopoiema(同右「桂樹切断」)
134頁
- 作者: 西脇順三郎
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