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訳すのは「私」ブログ

書いたもの、訳したもの、いただいたものなど(ときどき記事)

チェスワフ・ミウォシュの場合

昨年は20世紀ポーランドを代表する詩人 ノーベル文学賞受賞者のチェスワフ・ミウォシュの生誕100年でした。

チェスワフ・ミウォシュ詩集

チェスワフ・ミウォシュ詩集

ミウォシュは亡命詩人でもあり、人生のかなりの部分をアメリカで大学の教員として過ごしました。
その言語観はいかようなものだったのか。沼野充義「私たちのミウォシュ祭」によれば、

ミウォシュ自身が民族的に極めて複雑な出自を持ち、様々な言語と国境を越えて生きた[中略]。しかし、多様性と越境性に刻印されたそんな彼の生涯を思うとき、究極の逆説ではないかと思われるのは、彼がどこにいても、生涯ポーランド語で詩を書くという意味において、一貫してポーランド詩人であり続けたということだ。彼は母語ポーランド語以外にも、英語、フランス語、ロシア語に堪能だったし、英語による著作も少なくないが、ナボコフクンデラのように、英語やフランス語に切り替えて国際的な名声を得ようといった文学的「野心」はなかった。

192頁

そして、その「ポーランド語への忠誠」を端的に伝えているのが「私の忠実な言葉よ」という詩です。

私の忠実な言葉よ。
私はお前に仕えてきた。
夜ごと、お前の前に
様々な色がのった小鉢を並べてきた。
私の記憶の中に残る
白樺を、バッタを、そしてウソを
お前に与えるために。


それは長い間続いた。
お前は私の祖国だった。別の祖国はなかったから。
[後略]
(鳥居晃子訳)

118頁。

それでは自己翻訳についてはどうだったのでしょうか。ある論文からの孫引きになってしまいますが、こうミウォシュは書いているそうです。

だからこそ私は二重性を選んだ。英語はポーランド詩からの翻訳――といっても自分の詩を翻訳するのは嫌いなので、たいていは自分の詩ではないが――や、学術論文に限定し、私のとって「もっとも重要な部分」つまり、詩とエッセイにおいては頑固にもポーランド語にしがみついてきた。(PO, 8)

49頁*1


「自分の詩を翻訳するのは嫌い」――自己翻訳は嫌い、それにもかかわらず、ミウォシュは少なからぬ自分の詩を翻訳(共訳)しています。その理由とはなんだったのでしょうか?興味はつきません。


Translating One's Self: Language And Selfhood In Cross-cultural Autobiography (European Connections, Volume 3)

Translating One's Self: Language And Selfhood In Cross-cultural Autobiography (European Connections, Volume 3)


Mary Besemerersによる"Rewriting One's self into English: Milosz Translated by Milosz"では、ミウォシュの自己翻訳について詩が検討されていますけれども、ポーランド語特有の語彙を英語に訳すさいに問題が生じているとのことです。

Thus the poem is both lost and translated, made intelligible to readers of the English by means of a meaning not only absent from the original, but even partly at odds with it.

p. 82

*1:鳥居晃子「チェスワフ・ミウォシュのポーランド語観」『西スラヴ学論集 Slavia Occidentalis Iaponica』 8 (2005)、37−71頁。